ヘヴェリウス
Johan Hevelius
 生 : 1611年1月28日 ダンチヒ
 没 : 1687年1月28日 ダンチヒ
 本名はヘヴェルで、ヘヴェリウスはラテン語風読み。30歳の時、ダンチヒに天文台を設立した。

 望遠鏡をもちいた月の研究に没頭し、1647年、「月面誌SELENOGRAPHIA」と呼ばれる月面図を発表した。 ガリレオの、月は小さな地球である、という思想に基づき、月の地形にも地球の地名を取り入れ命名した。 アペニン山脈やアルプス山脈など、また、暗く滑らかに見える部分を「海」と呼んだのもヘヴェリウスである。
 月は望遠鏡観測していたが、恒星観測はなぜか肉眼で行ない、しかし1500個余りの星を含む「ヘヴェリウス星図」を完成させた。 1679年、ヘヴェリウスはハレーという若いイギリス人を歓待したが、ヘヴェリウスの恒星観測結果と、ハレーの望遠鏡観測結果の差は角度で数秒であったという。
 また、彗星の探索、研究も行なった。過去の記録に残る大彗星を調べ、自分でも4つの彗星を発見した。 彗星の軌道は、放物線を描いているであろうとも提唱した。 ハレーは、ヘヴェリウスを訪ねた30年後に、彗星の軌道について明確な答えを与えることになった。そのきっかけをヘヴェリウスは作ったのである。
データ出典: 科学技術人名事典:アイザックアシモフ